和尚さんの日記2




平成20年6月18日に BBAのメーリングリストに 読売新聞 文化部記者の北村さんから 私宛にメールが届きました。
ご本人の了解を頂いた上で コピー致しました。

瑞田様
 秋葉原の事件について意見を、とのことで、もちろん事件の日からいろいろ考えていましたが、忙しくて遅くなりました。瑞田さんへの返事になりますが、同時にこの場で他の方にも伝えられればと、bbaリストでメールします。

 結論から言うと、現代日本社会での「いのちの軽さ(軽くとらえられてしまっている)」の問題が凝縮して発露した事件であり、これに対する宗教者の役割はとても大きい、ということです。この問題については、以前も講演での話をしましたが、全面展開すると2時間以上話さなくてはなりませんが、要点の一部のみ書いてみます。

 「現代日本社会でのいのちの軽さ」(日本だけではないですが)は、あのように理不尽に殺される社会、そのような残虐なことをする人間の存在(宮崎勤もそうでした)、そのような人間を多数生み出し、あるいは何らかの理由で道を踏み外し始め悲鳴を上げている若者を引き戻すことができず、暴走させ追い詰める社会、「ああまたか」とやり過ごす我々、あの惨状の現場で倒れる死者をただ黙々と携帯のカメラで撮影し友人にメールで送る人々、あいも変わらず2チャンネルではしゃいだり、真似して脅迫メッセージを流す人種、などすべてに通底する問題です。

 前にも「宗教者はいのちの司、この問題の専門家」と言いましたが、これはこのような事件、自殺、人工生殖、末期医療や「尊厳」死、着床前診断や脳死移植、遺伝子操作などの生命倫理、人権抑圧や戦争にも広がりますね。

 最近、機会あって日本カトリック司教団が21世紀初頭にあたって、ローマ教皇回勅ではなく日本独自に信者だけでなく初めて一般向けにも発表したメッセージ集「いのちへのまなざし」を再読しました。129ページの冊子で、いま挙げた諸問題や死刑問題、環境問題も含めて、それぞれに「キリスト者」としての見解と取り組みの方向性をわかりやすく述べています。

教会の過去の過ちにも触れとても真摯で、なによりも、各見解について聖書、つまりキリスト教としての根拠を展開しているところ(それに賛同するかどうかは別にして)に、宗教者の役割を果たそうとする前向きの姿勢が見えます。実際にいろんな活動をしているキリスト者だからでしょうが、宗教者の皆さんは、上記のような「いのち」の問題に、教団としては無理でも、何らかの声をあげ、できるところから行動してほしいと期待されているはずです。

 私達の身近なところにも、あれこれ言う前に自死防止にどんどん行動されている藤澤さんたちのようなすごい方もいますよね。

 よく言われる「なぜ殺してはいけないか」という質問にどう答えるかではなく、そんな質問が出ないようにすることだと思いますが、1997年に神戸で起きた連続児童殺傷事件の「酒鬼薔薇」と名乗った「少年A」のケースについて、1年間取材し、30回の連載をしたのですが、このような若者の事件には、明らかに連鎖性があります。

 専門家は、「ふだん鬱屈した心境ではけ口を求める若者が、似たような境遇にある同世代が起こす事件に接して、『ああ、あんなこともできるんだ』と触発される」と分析しました。衝撃的な事件に、また他の若者が影響を受けるのですね。

 現に、あの後の「バタフライナイフ事件」も容疑者の少年は「A」の写真をブロマイド替わりに持っていましたし、愛知県豊川市の事件、佐賀のバスジャック事件の少年も同世代です。お気づきでしょうが、今回の秋葉原事件の容疑者も、「A」と同い年ですね。14歳のころに、神戸事件に影響を受けなかったはずはありません。そして、今回の事件もまた、多くの若者の心の傷に強烈に刷りこまれたでしょう。(コロンバイン高校事件など欧米での学校の銃乱射殺人事件も、前の事件を次々とコピーしながら連鎖してますね)

 この連鎖を断ち切るのに、宗教者の力は役立つと思いますし、小さくても地道な取り組みが大事ですね。なぜなら、例えば、神戸事件の後から、行政の掛け声で各地で判で押したように「命の教育」「心の教育」が叫ばれました。でも学校教育の場だけではそう簡単には行きません。バスジャック事件の少年が通っていた中学は佐賀県でも有数の「心の教育」実践校だったのですが、事件の後、教頭は取材に対して「あんな事件が起きたということは、彼には何の効果もなかったということでしょうか」と語りました。

 よく「普通の子だったのに」と言いますが、「普通(フツー)の子」なんてどこにもいないのです。皆、それぞれに悩み、仮面をかぶって、その重みに耐えているのです。
 小さな取り組みでも、始めることは大事です。神戸事件の後、Aや一連の事情をよく知る関係者は、「彼の事件は彼に関する、彼を取り巻くいろんな要素がことごとく裏目に出た、いうなればサイコロを10回転がしてすべて同じ目が出たような稀有なケースだった。だが、一度でも誰かの手によって違う目が出ていれば、少しは違う結果になっていたかも知れない」と語りました。

 Aは、厳しい母、仕事人間の父より、優しい祖母になつき、愛着を持っていました。そして、その最愛の祖母が亡くなったことで、「死」というものに強い興味を持ちました。しかし、行動として行ったのは「ネコ殺し」、そして、その先に事件がありました。家族の死をきっかけに、人の生と死、命をじっくり教える「デス・エデュケーション」がきちんと行われていれば、サイコロに別の目が出ていたかも知れませんね。

 瑞田さんのように、手近な、できることから始めるのが一番近道だと思いますよ。宗教者の、いやすべての人の、社会とのかかわり全般について言えることですが、誰も、1人であらゆる問題には関われない(中にはスーパーマンもいますが)。例えば、チベットの問題に活動しているからといって、「じゃあ何故、もっと大量に人々が虐殺されているイラク問題に何もしないのか」「アフガンは済んだのか、ダルフールは?」とはならないのと同様に、です。

 チベット問題については、何も同じ「仏教徒」だから、ということだけではないですよね。「仏教国」ならスリランカの内戦、虐殺もひどい。あの権威主義のバチカンでも、異教徒であるムスリムの犠牲に目をつぶることはできないと、イラク戦争を思いとどまらせるためヨハネパウロ教皇がエチェガライ枢機卿をブッシュの説得に派遣して圧力をかけるようなことをしましたね。

 仏教は、そしてその「慈悲」は、「怒り」を伴いつつも、決して「異教徒」に対する狭い了見などではないですものね。つまり、チベット問題と同様、例えば、「慈悲」ということに思いを致せば、他のすべての(敢えて「すべての」と言います)問題に通底する問題意識を抱き、明確な行動は伴わなくても、もし問われれば何らかのコメントができ、指針の一端なりとも示すことができる、そうあることが望ましいし、必要ではないでしょうか?

 とりわけ宗教者は、特に「命」の問題について、それが期待されています。(誤解を恐れながらあえて極端で特異な例を言うと、イスラーム福祉団体「ハマス」や戦闘集団である「ヒズボラ」などは、いろんな声明、アピールの冒頭の現状分析のくだりなどに、必ず、現代の核問題の危険を説き、「ヒロシマ・ナガサキ」への原爆投下を糾弾しています。欧米、そしてそのコピーである日本のマスコミは一切伝えませんが)

 瑞田様。まあ話が広がり過ぎ、極端になりましたが、「命」の問題では宗教者の役割は重大ですよね。命がいかなる作用をし、生き物はどのような仕組みなのかは、科学や医療マターです。しかし、命そして「私」はなぜ生きているのか、存在するのか、心との関係はどうなのかは、科学ではわからないけれど、宗教なら答えられます。仏教なら答えられますね。

 できるところから、まず肉声で話し始めることが大事だと思います。親鸞の時代には、ネットもマスコミもありませんでしたよね。遠回りでも、そこからが大切だと思います。「星火燎原」(どんな小さな火も広野を焼き尽くすことができる)、そして、「ハチドリの一滴」ですよ。
                         北村拝



平成20年4月9日(水)

  2008年4月9日の四国新聞に載りました。
  少し恥ずかしい気分です。
  向こうにいるのは 家内と娘です。
  皆さんも チベット状勢やダライ・ラマ14世に 関心を持っていただきたいです。

  


平成20年3月25日(火)

 西本願寺派系列の "仏教の通信教育゛のご案内です。
 浄土真宗本願寺派 中央仏教学院 通信教育部 です。

 ・入門課程(1年) 仏教や浄土真宗の基本的学習を目的とする。
 ・学習課程(3年) 仏教や浄土真宗の体系的学習を目的とする。
 ・専修課程(3年) 浄土真宗本願寺派の僧侶資格を得る事を目的とする。

 ※授業料は 年間5万円程です。教材費などは別です。
  募集は6月末日が締切りで 開講は9月です。

  一般の方々の中で 「仏教や真宗を少し詳しく学びたい」との声をよく耳にします。
  仕事をしながらでも学べるカリキュラムで 年間数日 日曜日に スクーリングもあります。
  定年退職後に学ぶのにも最適です。
  興味がある方は 称讃寺住職にご相談下さい。丁寧に ご説明させて頂くと共に
  [入学案内]の冊子を差し上げます。
  沢山の方々のお申込をお待ちしております。


平成19年12月11日(火)
 12月8日(土) 東京 西巣鴨の大正大学で開催されました
 (財)国際宗教研究所主催の公開シンポジウム
 「宗教教育を宗教界はどうサポートできるのか」に出席してきました。

    
 今回の教育基本法の改正では
 宗教に関する一般的な教養、宗教的倫理観・道徳観、宗教的情操などを尊重しようと
 言うことだそうです。
 賛否 活発な議論がありました。信者の教員をサポートする組織を有する教団がいくつか
 あるのには驚きました。
 浄土真宗本願寺派の教団としては 早急に 義務教育にどう係わって行くか、どのような
 サポートが出来るのか 検討をすることが必要だと思いました。
 とりあえず 小中学生向けのホームページを作成することや、学校の先生向けに
 本願寺が所有する文化財などの写真 解説などを 公開すべきでしよう。
 本来は 家庭教育なのですが、私たち一人一人のお坊さんも 子供たちにも目を向け
 「生老病死」や「命」をどう伝えるか、「宗教的立場の違いを乗り越えて お互いにどう尊重
 出来るか」など 意識することが必要でしよう。
 本願寺教団では「キッズサンガ」がありますが もうすこし ピントをはっきりしてもいいと思います。
 一昔前には 寺子屋や日曜学校などがありました。子供たちの日常生活の中で お寺やお坊さんの
 存在が当たり前になるように 再度努力する必要があるかもしれません。
 ご意見があれば メールをお寄せ下さい。


平成19年10月24日
 10月5日に秋の永代経法要を致しました。
 山折哲雄先生の 当称讃寺では 4回目となるお話 とっても良かったです。
 般若心経についても 真宗のお寺ではなかなか聞けない解説だと思いました。
 講演を聞きたい方はこちらへ
 4回目にして 初めて 1泊なさると言うことで 総本山善通寺遍照閣をお借りして
 山折哲雄氏を囲んで・・・、心と命のフォーラム、「生きる作法・死ぬ作法」と言う
 座談会を実施しました。
 座談会を聞きたい方こちらへ
 山折先生と朝日俊彦医師(香川尊厳死を考える会会長)、宗由貴氏(少林寺拳法グループ
 総裁、樫原禅澄師(善通寺執行長)と称讃寺住職の私の5名で打ち合わせなしで
 話をしました。
 400名が一応の定員でしたが 500名近くの来場者があり テーマについての関心の
 高さに驚きました。
 スポンサーが居る訳ではないので 山折先生を含めて パネラー全員ノーギャラで
 司会は家内の称讃寺坊守を引っ張り出しました。スタッフは全員ボランティア。
 それぞれのパネラーの 「生死観」をお聴きできて とっても楽しかったです。
 明るく 笑いながら 「生きること 死ぬこと」を語ることができました。
 2時間がとっても短く感じました。
 回収したアンケートは 圧倒的に 来年も実施して欲しいとの意見でした。
 次回の実施を具体的に考えたいと思っております。
 次回からは もう少しテーマを絞って考えてみたいと思います。
 ご意見があれば メールでご連絡下さい。
 もっともっと 「生きること、死ぬこと」について 色々な 切り口で考えてみる必要があると
 思いました。
 パネラーのご意見やアンケートの結果からは 今回のフォーラムは 自己評価で80点ほど
 ではないかと思っております。

    


平成19年4月13日
 かねてから 講演の依頼を「梅原猛」先生にお願いしておりました。
 昨日秘書の女性からお電話を頂き 秋にお伺いしましようかとの 先生の
 ご意向のを頂きました。
 10月5日6日は「山折哲雄」先生がお出でになりますが
 その後に 「梅原猛先生」講演会が実現するかもしれません。


☆6月8日には「鎌田實」先生をお迎えしての永代経法要です。
 10月5日(金)は4回目の「山折哲雄」先生をお迎えしての秋の永代経法要です。
 過去3回は日帰りでしたが 今回は1泊出来るそうですので 翌6日(土)に
 総本山善通寺の総長の柏原さんとの対談を計画中です。
 決定したら このHPでも発表します。



☆平成19年4月13日
 仏教では 「生・老・病・死」の言葉を使います。
 生まれれば 年を取り だんだんと病気が重なり 最後に死にます。
 当たり前と言えば当たり前です。
 近年 医学の進歩によってか なかなか死ねなくなってきました。
 もし、寝たきりになってしまったら・・・、もし、人工呼吸器がはずせなくなったら・・・、
 もし、不治の病にかかって 余命○○ケ月と診断されたら・・・、
 もし、痴呆になって 家族の顔も判別できなくなったら・・・、
 もし、意識不明になったら・・・・。
 3人に1人は癌になるのですから 誰もが可能性があります。
 あなたは どのようにして欲しいですか?
 今後必ず訪れる 病床での生活、そして死。
 自分のお葬式はどの様にしてもらいたいですか?
 お骨やお位牌はどうですか?お墓はどうしましょう?
 財産はどのように分配したいですか?法定相続でいいですか?
 長男に沢山渡したいですか?

 自分が将来意思表示が出来ない事態になる事を前提に
 自分の意思や希望を文章として書く事を「リビングウィル」といいます。
 自分らしい 終末期の医療や葬儀・お骨・相続などを考えてみましよう。
 そして ノートに整理しておきましよう。何回も書き換えましよう。
 大変 人らしい事です。とっても大切なことです。

 6月8日に 当称讃寺で 医師の鎌田實先生がご講演をしていただけますが
 鎌田實先生も お坊さんの高橋卓志さんたちとともに リビングウィル運動を
 推進なさっています。そのNPO法人が製作している
 「旅立ちのアレンジ」「旅立ちのデザインノート」は大変よく出来ています。
 称讃寺に ありますので ご覧になりたい方、欲しい方はご連絡下さい。



 ☆11月20日の加藤諦三氏の講演を あなたのパソコンで聴けるように
  しました。
  演題 「心と真実」
    −−事実はどのようにして心に影響を与えるか−−




 
☆10月4日の山折哲雄さんの講演を パソコンで聴いたり ダウンロードしたり
  できるようにしていただきました。 全部を6つに分けてあります。
  それぞれをクリックしてお聴き下さい。

 
  先日の「山折哲雄さんの回」の音声、データ化しました。

 ※こちらからお聴き下さい。



☆平成18年10月4日の称讃寺秋季永代経法要・山折哲雄氏・仏教講演会は大盛況でした。
  マータイさんの「もったいない」の話、親鸞聖人の話、いつもながら とっても良かったです。
  午後の質疑応答では 山折先生の「三無主義」よりの葬儀観 安楽死・尊厳死について等
  お話しが聴けました。
  講演の カセットテープ・CD・DVD・ビデオテープが用意できました。
  素人録音・録画ですので状態は良くないですが お話しはちゃんと聴き取れます。
  無料で差し上げております。
  メール・FAXで 郵便番号・住所・氏名・電話番号・年齢・職業をお知らせ下さい。
  ご希望のメディアをお知らせ下さい。お送りいたします。



☆「ボーズ・ビー・アンビシャス」のメーリングリストでのお坊さん達の意見交換です。黒字は私です。
 宗派を超えたお坊さんの意見交換です。 

※「bba」内だけのメーリングリストを 管理者やご本人の了解を得ないで 称讃寺のHPに無断で
  コピーして掲載したことに対して マナー違反ではないか とのご指摘を頂きました。
  ご指摘の内容は まさしくその通りであると思います。
  直ちにその部分を削除致しました。
  関係者の皆様に多大なご迷惑とご心配をお掛けいたしました。
  心から謹んでお詫び申し上げます。






仏生山の正原寺の宮武住職に紹介されて 上の本を読みました。
東大卒の在家の青年が 「おぼうさん、はじめました。」
感想を 著者にメールしたところ 返信メールが来ました。
差しさわりがありませんので 往復のメールを紹介します。
松本君のメールの最後に彼のHPのアドレスがありますので
クリックして覗いてみて下さい。面白いです。



   06/07/10 に Nobuhiro Tamada<s-tamada@star.quolia.com> さんは書きました:
>
> 香川県の本願寺派の称讃寺の住職の瑞田と申します。
> ご著書、楽しく 興味を持って読ませていただきました。
> 東大卒の寺族でない方が本願寺の門をたたかれ
> 伝道院も終了なさり 独自の宗教観・信仰観で積極的に
> 若者らしく 活発に 活動なさっている様子、
> 拍手を贈るような気持ちで 一気に読みました。
>
> 私の長男が 一橋大学の社会学部で学んでおりますが、
> 彼が 得度・教師の習礼の為に 西山別院で合宿すると
> あなたと同じような感想を持つのだろうか・・・と興味津々
> です。
>
> マンネリ化した本山の体制、高齢化した惰性の門信徒の
> 信仰感情。
> 何とかしなければと 常々思っております。
>
> あなたの僧侶としての 若々しい感性と行動力で 今の体制に
> 一石を投じていただきたいと思っています。
>
> 先日 5月に ボーズ・ビー・アンビシャスで 青松寺に行きました。
> よっぽど お邪魔しようかと迷いましたがお寄りしませんでした。
>
> 機会がありましたら 是非ともお話をお聞きしたいと思っておりますので
> 私が 上京する際は ご連絡の上 お会いしたいと思っております。
>
> 愛媛県に来ている様子、また四国においでになる事があるのでしたら
> 是非 ご連絡下さい。ご馳走します。
>
> 将来的には 当称讃寺でも お話ししていただきたいと思っております。
> http://www.syousanji.com/
> 当称讃寺のホームページです。まったく 更新しておらずお恥ずかしいですが
> 覗いてみてください。
> 頑張ってください。
>


瑞田様

はじめまして。光明寺の松本と申します。
拙著をお読みくださいましてありがとうございます。
本の内容のとおり、本願寺宗門内でいろいろやりながら、
日々をすごしております。
ご長男さまは、得度や教師がまだなのですね。
その節は同じように、感想について日記を書かれてみても
面白いかと思います。

「マンネリ化した本山の体制、高齢化した惰性の門信徒の信仰感情」を
なんとかするためには、本山そのものには自浄作用がございませんし、
やはりそれぞれの一般寺院が自発的に活動をしていくことが一番かなと
思っております。現場が動きはじめれば、足踏みしがちな硬直化した
部分も、変わらざるを得なくなるだろうと。

東京にいらっしゃった際には、ぜひ光明寺にお立ち寄りください。
平日でしたら神谷町オープンテラスでお茶もできますし、
土日でしたら法事で私は光明寺におりますので。

四国ではまだ愛媛しか行ったことがありませんので、
香川にもいつか足を伸ばしたいと思っております。
お話に関しても、ぜひいつか、お招きくださいませ。
喜んで、お伺いさせていただきます。

では、今後とも宜しくお願い申し上げます。

合掌 光明寺 松本圭介
k@higan.net
http://www.higan.net/





  
平成18年5月26日 「ボーズ・ビー・アンビシャス」の集いに行ってきました。

    
  東京港区の青松寺さんです。東京タワーが見えます。    上田先生です。若々しいです。


  
  宗派もばらばらの若いお坊さん達の熱いディスカッションです。
  女性も居ました。学者も居ました。記者が居たと思ったら 中外日報に紹介されました。


  
日本全国から 宗派を問わず 若いお坊さんたちが 東京タワーの見える、青松寺に
  集まりました。
  「自殺」「ホスピス」「お寺の身近な活動」「災害の中のお寺」の4つの分科会がありました。
  若いお坊さんたちの 熱いエネルギーと マンネリを打破しようとする問題意識を
  感じました。
  「頑張れ仏教」の著書やNHKのETV特集「お寺ルネサンス」で有名な 東京工業大学の
  上田紀行先生のアドバイスをお聞きしました。
  私も 個人的にお話しできました。
  米国人の 仏教研究者のジョナサン氏とも親しくなりました。
  私も 少なからず 明日への エネルギーを頂きました。刺激されました。
  上田紀行先生のHPや会場の青松寺のHPは 当称讃寺のリンクから行けますので
  良かったら覗いてみてください。



  師走に入りお忙しいことと思います。
 以前、山折先生のご講演を拝聴させて頂いた折りは大変お世話になりました。

  兼ねてから、大尊敬している先生から間近でお話を伺え、また、直接質問までさ
 せていただけて・・・、称讃寺のお陰と感謝しています。ありがとうございまし
 た。しかも、山折先生には今後も毎年来ていただけるとのこと、本当に楽しみに
 しています。
  先日の中坊先生のご講演は母が聴講に参り、大変良かったと申しておりまし
 た。私も聴講したいと想っていましたが、仕事の都合で叶わず、残念です。も
 し、以前のご講演の時の様にテープを聞かせて頂くことが出来る方法があれば、
 教えていただけませんか?
  お忙しい時節ですので、お返事は急ぎません。また、もしダメでもお気になさ
 いませんように・・・だめで元々と思っておりますので。勝手なお願いですが、
 お時間のある時にお返事下さると幸いです。
  では、お体ご自愛下さい。


 平成17年12月10日(土)  称讃寺の 住職です。
 
 12月5日の報恩講法要は大変寒い日になりました。
 朝は 全員で声を出して「正信念仏偈」を読みました。その後 高正寺(西山崎)の
 田井智彦師の法話は とっても分かりやすく 浄土真宗における 南無阿弥陀仏の意味、
 合掌の意味、御恩報謝などについて お聴きしました。よく分かったと 好評でした。

 お昼からは 「阿弥陀経」の読経後 中坊公平氏の講演でした。演題は「生きること、学ぶこと」。
 レジュメをメールで送っていただき A4 2枚を資料として皆さんにお配りしました。
 分かりやすい、適宜 メモが取れたと 好評でした。
 お話しの中盤以降は 涙ぐむ人がいたほど 心を打ったようでした。
 最後には 4〜5人の方が 質問していただき 直接先生にお答えいただきました。
 本堂は約200名で満堂で 入れない方は 会館の大広間でモニターテレビにより観て頂きました。

 テープの録音に失敗してしまいましたが VHSのビデオテープから音声を録音できないかと
 検討しています。
 録音テープを お配りできるようになれば このHPでお知らせしますので 申し込んでください。

 大変多くの方々が ご聴聞においでいただき 誠にありがとうございました。
 次回は 平成18年の4月ごろ 「森 毅」氏 京都大学名誉教授 数学者 エッセイスト の 講演を
 予定しております。



 こんばんは。○○です。
 先日の中坊先生の講演会、とてもすばらしかったです。さらに瑞田先生の場の進行・
 まとめもとてもすばらしかったです。
 このような著名な講師をむかえての講演会、私たち地域住民にとってはありがたい限
 りです。
 私は来年引っ越してしまいますが、ぜひ今後も開催してほしいです。
 今回はどうもありがとうございました。
 また、悩み事を相談させていただきますので、ご指南お願いします。    ○○××




 ホームページ お問合せ より 投稿がありました。
  

  称 讃 寺 
  住 職  瑞田 信弘 様
 
 初めまして、大阪府の○○と申します。
 さて早速でございますが、ご相談致したい件がございます。
 私の祖父以上のお墓が 数基
 香川県三木町の小高い山中にあります。
 ○○家の直系が全員 大阪にいることから、お参りもなかなか困難なため
 今般 お墓を改装し、永代供養(香川県のお寺か大谷本廟にて)
 して頂こうと考えています。
 しかし、具体的にどのようにしれば良いか 分かりませんので
 お教え頂きたく存じます。
 また、その お墓から最も近くにある浄土真宗のお寺
 (称 讃 寺さん でしょうか?)を ご紹介頂ければと考えています。
 
 まずは 電子メ−ルで詳細をご連絡しました後
 お電話ででもご相談させて頂ければ と考えています。
 
 よろしくお願い申し上げます。
 お墓には 数年前までは 毎年一度 お参りに行って
 いましたが、この3年間程は足が遠のいていました。
 お墓は ご近所の方にお世話をして頂いていました。
 しかし、昨年秋 足が悪くなられたため、
 お墓に上がることができなくなったので、
 お世話ができなくなった と相談を受けていました。
  
 そこで、 近くの浄土真宗本願寺派のお寺に、改装の
 お世話になろうと インタ−ネットで貴寺を検索させて頂きました。
 
  ご連絡有難うございます。
  お話しの概要はだいたい理解できたような気がします。
  要するに 香川県三木町にある ○○家のお墓を撤去し
  中にお骨があれば 地元の浄土真宗の寺院か 京都の大谷本廟に
  永代経をお願いして 預かっていただきたい、との事でしょうか?
 
  まず お骨ですが お墓の中に少しは残っているかもしれませんが
  あまり 拾えない可能性があります。その場合は お墓の土をお骨壷に
  入れたりもします。
 
  墓石を無縁にしたまま放置しておくのは マナー違反ですので 地元の
  石屋さんにお願いして 撤去して整地した方が良いでしよう。
  (一般論ですが 石屋さんは 新規に墓石を建立する場合 喜んで
  古いのを撤去しますが、撤去 整地だけは あまり引き受けたがりません。
  自動車さんが 新車購入の場合 喜んで 古いのを廃車にしますが
  廃車だけは あまり喜ばないのと同じです。)
 
  さて 香川県の寺院にするか 京都の大谷本廟になさるかは 私が決める
  事ではなく、皆さんがお決めになることですが、今 ご縁がある 大阪のお寺さんに
  お世話になるのも 一案だと思います。
 
  当 称讃寺からは 三木町までは車で20分程でしょうか。
  一番近い 三木町の浄土真宗寺院をご紹介してもよろしいですが
  この種のお話しは どの御住職も面倒くさがってあまり 積極的にはならないでしょう。
  その意味からは 大阪のお寺さんに ご相談して 香川県三木町の
  お寺をご紹介頂き ついでに 直接お電話をしていただいたら 相手の御住職も
  重い腰を上げるかもしれません。
 
  何かのご縁で 当称讃寺のホームページを見て頂いたのですから 
  私が 古いお墓の中のお骨の確認と収骨、石屋さんのご紹介、ぐらいは 担当させて
  頂いてもよろしいですが 大変手間が掛かりそうな気がします。
 
  よくよくお考えいただきまして 私がお手伝いする方がよければ またメール頂ければ
  ご返事させていただきます。        合掌      称讃寺 住職 瑞田 信弘



称讃寺掲示板に以下の投稿がありました。

投稿日時:2005/10/05(Wed) 12:35
おなまえ:hiro

タイトル:教えてください
コメント:
今度二世帯住宅を検討しているのですが、自分の宗教・義理親の宗教が異なります。今は、仏壇がひとつなのですが、ゆくゆくは二つに?と考えています。やはり宗教・宗派の違いで同一仏壇はいけないと思うのですが、、、。


ご質問のメール 有難うございます。称讃寺の住職です。
今は別々にお住まいになっていらして 近い将来二世帯住宅で
同居なさるということでしようか?
義理の親の方の宗派と ご本人の宗派が違っている場合、
仏壇は 別々にした方がよいか?というご質問でしようか?
 
仏教はお釈迦様の教えです。お釈迦様に十大弟子というお弟子さんがいましたが
それに また お弟子さんがいました。
お釈迦様やお弟子さん方々を研究する学者は各地に 沢山いらして仏教を研究しました。
インド・中国と伝わり日本へ伝わりました。日本の各時代の高僧(宗派の宗祖)は おもに中国の
漢文での書物を基に いわば日本語に翻訳したのです。
それぞれの方の力説する部分が違っていたことや 基にした書物が違っていたため教義が異なってきました。
この 教義の差を 大きいと感じるか小さいと感じるかは 皆さん方の受け取り方次第でしょう。
仏教は お釈迦様の説法・行動を お弟子さん方々が記録に残し それが日本にも伝わったものですから
幹の部分は同じ仏教思想なのです。
 
さて 現実は 例えば 嫁に行った女性は宗教・宗派が変わるかもしれません。
先祖代々 同じ宗教・宗派で今に至っていることに 当然と思う方がいれば、違和感を感じる方がいるかもしれません。
2人の男女が結婚したけれども 信仰する宗教・宗派が違っている場合があります。
二十歳前後の若い方が 新興の宗教に入信して 家の宗教を否定するとの相談もありました。
 
日本の既存仏教の各宗派は歴史的に 代々親族・家単位で同じお寺さんとお付き合いをする 寺檀制度がありましたが
今は 崩壊しつつあるようです。
 
前置きが長くなりました。お答えになる様な 公式とか規則がある訳ではありません。
では どうしたらよいのでしょうか?
それは あなた自身が決めればよい ということです。重い決断です。日本の仏教には 個人の今の信仰という意味合いと
ご先祖の方々への追善供養の意味合いがあります。両方をよくお考えになっての決断です。
その決断の 物差しになるのが あなた自身の心の 違和感でしよう。お念仏の違い、宗祖の違い、教義の違いなどが
なんとなく違和感として心に残るようであれば 義理の親の方とは別の宗教・宗派を選択なさったら良いと思います。
心の中の違和感とは 理屈ではありません。容易に解消できないでしようから。
只 すぐにお仏壇を購入する必要はないと思います。あなたが信仰している宗派の ご本尊をお求め頂いて それを中心に
信仰してみて 自信ができれば お仏壇を購入なさったらいかがでしょうか。
お答えになりましたでしようか?また なんなりとご質問下さい。
 

早速のご指導ありがとうございます。
二世帯に同居後、普通であれば先に逝くのは、親になります。御先祖様と同じお仏壇・お墓にとなるのは解りますが、自分の代はどのようにしたら良いのですか?義理親との同居で、名前はそのままにての同居です。自分の代になったときに自分の宗派のお仏壇を入れ替えるのもいけないと思いますし、、、。1Fには親・御先祖様。2Fには自分の代からのお仏壇を。一家に異宗派のお仏壇があることになりますが。そのてんは問題ないのですか?
  

再度のご連絡有難うございます。
大変難しいご質問ですね。お困りの様子が手に取るように分かります。
前回のご返事に書きましたように あなた自身が 義理のご両親の宗教・宗派を
引き継ぐことに 違和感というか抵抗があるのでしたら きっぱりと変えるべきでしようね。
お葬式は 喪主が取り仕切りますから 亡くなった人の宗教・宗派でなく 喪主様の
宗教・宗派で執り行うべきでしよう。新たに喪主になられた方が それから後の
祭司継承者と呼び、その後の ご先祖の追善供養に責任を持ち 執り行うわけです。
お葬式の時 あなたが喪主になられるのでしたら そのお葬式は あなたの信仰している
宗教・宗派で行えばいいです。その時に 変更することになります。
それまでは 義理のご両親のお仏壇 宗教は そのままそっとしてあげればいいと思います。
あなたが 信仰の対象として あなたの宗教・宗派のお仏壇が欲しいのであれば
購入すればいいのですが、経済的な点からも 今は ご本尊をお求めになって それを
信仰の対象とし いざお葬式があった後 新たにお仏壇を購入なさったらいかがでしようか。
大変難しく 大きな決断ですので 人生のパートナーである奥様とも十分ご相談なさってください。
                                                   合掌



称讃寺掲示板に以下の投稿がありました。
>
> 投稿日時:2005/08/12(Fri) 22:11
>
> おなまえ:Kazu
> タイトル:教えてください
> コメント:
はじめまして。水子供養のことで教えてください。以前5ヶ月の赤ちゃんを、中絶をしてしまいました。火葬をし、お寺で供養をしていただきました。(私は宗派なるものはありません)私はお墓を持っていないので、そのお寺の水子のお墓に納骨をしていただきました。しかしどうしても近くにおいておきたくて、少し骨を持ち帰ってきました。私はお仏壇を持っておらず、棚の上にお花、お水、お線香などと一緒に骨を入れ物に入れて置いている状態です。それでも良いのでしょうか。分骨されていることで、その子が落ち着けないということはあるのでしょうか。供養の方法として間違っていますか。教えてください。よろしくお願いいたします。おそらく、納骨をしていただいたお寺にお聞きすればいいのかもしれませんが、とても商売っ気のあるお寺のため、相談にのっていただける感じではありません。

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称讃寺の住職の瑞田です。
ご質問について 私の私見を述べさせていただきましょうか。
結論から申し上げて Kazuさんの 水子の供養の方法でなにも間違ったことは無く 大変良いと思います。
お骨を お寺のお墓とご自宅とに分骨をなさったことを大変気になさっていますが、お骨を お墓用やお寺の
納骨堂用に 分骨することは しごく一般的に行われており 宗教・宗派を問わず何も問題はありませんヨ。
Kazuさんの周りに 分骨すると その子が落ち着けなくなるとか 成仏できないとか と言うことが言われていれば
それは まったくの迷信で 何の根拠も無く信じるに足りません。
形式上で ひとつだけアドバイスをするとすれば お骨の入れ物の奥に 阿弥陀如来様の小さな掛軸を掛けて置くと
良いです。私が浄土真宗のお坊さんですから 阿弥陀如来様ですが あなたのお父さんの宗教のご本尊でもいいです。
仏壇屋さんで 小さいもので2〜3千円です。新品を買う必要もありませんので 住所 氏名をご連絡いただければ
差し上げます。
ローソクに灯をともし お線香をたいて 心静に 南無阿弥陀仏 と 手を合わせることは 阿弥陀如来様の他力をお願い
している訳です。
5ヶ月の赤ちゃんを 中絶なさる決心をされるまでには 大変な心の葛藤があったと思いますし 一大決心をなさったの
だろうと思います。 中絶手術では 母体も傷つき血が流れたでしょうが あなたの目からは涙が流れたかもしれません。
あなたの心は大きく傷ついたかもしれません。
でも あなたは大変素晴らしい人です。自分の責任として ちゃんと水子の供養をして 尚 自宅でも そのお骨と向き合って手を合わせているのですから・・・・。
5ヶ月の赤ちゃんのお骨と向き合うことによって 二度とこのような身勝手な 悲しいことはやめようと思い、次に赤ちゃんが
出来た時は 親の勝手な都合での子育ては間違っていると認識し、5ヶ月の赤ちゃんの分も幸せな子育てをしようと
Kazuさんが毎日毎日 心を新たにできれば 大変素晴らしいことです。
ご返事になりましたでしょうか?  疑問がありましたら何なりとメール下さい。 


ご住職様

早速お返事をいただき、ありがとうございました。
骨のことが気になっていたので、間違っていないと言っていただき安心しました。
ひどいことをしてしまったという気持ちと、後悔の日々を去年から送っています。
今年4月にまた妊娠をし、今度は絶対に何があっても産むと決めていたのですが、
流産してしまいました。本当につらいです。
でも私の身勝手でひどいことをしていながら、また身勝手に産みたいから産むという
ことを神様が許してくれなかったのだと思っています。当然のことだと思います。

お言葉に甘えさせていただければ、ご住職がおっしゃった阿弥陀如来様の小さな掛け
軸を、着払いでお送りいただけますか。
以前聞き覚えがあるのですが、私の父方は浄土真宗だと言っていました。

ただ、私の勝手でひどいことをしてしまったのに、阿弥陀如来様の他力をお願いして
もよいものでしょうか。

でもご住職のお返事のやさしさに涙がこぼれ、少し心が楽になりました。本当にあり
がとうございました。


 平成17年6月14日(火) 称讃寺の住職です 
 
 「世話になりたくない」について
 人生の先輩諸氏が 子の世話になりたくないとよく言っております。
 寝たきりになりたくない、とか コロッと逝きたい、とか・・・・・。皆さん方も一度や二度は耳にしたことが
 あると思います。
 年を重ねるにつれて 中古車が故障するが如く あちらこちらが悪くなり 病院に通い 身体の自由が
 だんだん効かなくなってくることへの 不安と恐怖もあるのでしようか。
 子供夫婦が そんな自分たちを 煩わしく思っているのではないか、とか なんとなく 嫌われているの
 ではないか、と思い込んでいる方が多い様です。
 子供たちの 足手まといになりたくないと思う気持ちは 大変よく分かります。

 さて 今度は 息子夫婦の側からみてみます。
 一般論ではありますが 親に対して 「ポックリ死んでくれたらいいのに・・・」とか「コロッと逝ったらいい
 のに・・・」などと思っている 子はいないでしよう。いつかは逝かなければならないのは分かっています
 が 「いつまでも 元気に長生きして欲しい」と皆思っています。
 当事者同士でこれほど意識にズレがあるのです。

 夫婦の間に赤ちゃんが生まれると 親は一生懸命に育児に取り組み だんだん大きくなってくると しつ
 けや教育に精神的にも経済的にもエネルギーを注ぎます。家族には愛情があります。この愛情の中で
 子供はスクスクと成長するのです。
 この家族の愛情の中で 親の老化を受け止めると やはり 家族の暖かい気持ちで 世話をしたり 心
 配するのが 当然です。
 
 家事で ご飯を炊くのがおくどさんから電気釜になり、洗濯板から全自動洗濯乾燥機になり、育児で お
 しめを手で洗濯して乾かしていたのが 使い捨ての紙おしめになったように、 驚くべきスピードで 社会
 全体が便利になりました。
 高齢者に対しても 社会全体で支える仕組みが整いつつあります。施設 設備 道具 器具など大変便
 利になりました。今後も益々便利になるでしょう。
 高齢者のお世話も 以前ほど大変でなくなってきつつあります。

 私の提案です。「子供の世話になってください。」「子供の世話になろうと思ってください。」
 大変 当たり前のことです。
 只、世話になる、なり方をよく考えましょう。よりよい関係で世話になるには どんな風に世話になったら
 いいのか、考えてみましょう。
 親子で 子の進学 就職について相談するのと同様に 老後の世話について相談してみてください。
 口に出さないで思っているだけだと 意識に大きなズレがある場合があります。

 家族の愛の中で 気持ちの上では 息子夫婦は 親の老後を心配していますし お世話をしようと思って
 います。
 高齢者の皆さん どうぞ 若い方々の世話になってください。世話になっていいんです。
 心の切り替え、気持ちの持ち方を変えてみましょう。肩の重い荷が下りるでしょう。
 楽しく 明るく 年を重ねたいものです。
 
 



  平成17年6月5日(日)  住職です。
  5月20日の春季永代経法要の際の 「養老猛司」先生の午前・午後の2回の講演会には 沢山の方々が
  ご聴聞にご参詣くださいまして 誠に有難うございました。
  まずは 香川県のこんな小さな無名の真宗寺院に、私の申し上げた趣旨をご理解いただき 大変お安い
  ギャランティーで 気軽においで頂いた 「養老猛司」先生感謝申し上げます。
  門信徒の皆様方の裏方のお手伝い、ボランティアスタッフの方々受け付け 誘導など 大変お世話になり
  ました。ありがとうございました。別所さん 工藤さん 植田さん ありがとうございました。
  お天気も大変良くて 本堂に入りきれなくて境内でご聴聞なさった方々は午後は暑いくらいでした。
  
  私も後でテープで先生のお話をゆっくりお聞きしました。大変良かったです。先生独特の切り口で意識に
  ついて、認識について、仏教についてと聞き耳を立てる思いで お聞きしました。
  多くの方々から 大変良かったとのお声を頂きました。翌日の朝日新聞記事を見て カセットテープの
  お申し込みを沢山頂きました。カセットテープのダビングと発送がやっと終わり ホットしているところです。
  テープが届いた方から お礼状やら お礼FAXなどが届いております。
  こんなに沢山の皆様方に喜んでいただき 主催者としては嬉しいかぎりです。私や家内の疲れも吹っ飛び
  ました。
  
  仏教とか信仰とかと とかく疎遠になっている昨今、毎日毎日忙しく時が過ぎ去っています。
  時の流れの速さに 人の心がついて行けなくなっています。多様な価値観と 価値観の移り変わりの速さに
  人の心がついて行けなくなっています。家庭でも学校でも 「人間とは、人生とは、生きるとは、命とは・・・・」
  など 触れることがなくなりました。家庭の核家族化もひとつの要因でしよう。
  今こそ 心の栄養が必要なのです。今こそ 心の支えが必要なのです。
  私は無宗教だと言う方をも含めて 私たち日本人には仏教徒としてのDNAが脈々と受け継がれています。
  皆様方の心のよりどころとなるべく 仏教をご紹介してゆくことも お坊さんの仕事のひとつだと思います。
  当称讃寺でも 次回以降もいろいろ企画をして頑張りますが、皆様方のお近くのお寺さんでの布教使さん
  のお説教もお聴きください。浄土真宗に限らず真言宗など他宗のお話しも聴いてみて下さい。
  本屋さんの宗教のコーナーにも沢山の仏教に関する本があります。どうぞ読んでみてください。
  信仰とは 勉強することではない、 あっ、そうか!!と納得すること、心のもやもやが スッとすることだと
  言った人がいますが 私もそう思います。
  どうぞ 信仰の第一歩を踏み出しましょう。
  もちろん 「養老猛司」先生の著書も沢山出ていますので 是非お読みになってください。
  
  ご意見 ご希望がありましたら どんどん メールをください。

  
※当日の素人録音のカセットテープのダビングしたものが 後7〜8本残っていますので ご希望の方は
  送付先とお名前などを メールかFAXでご連絡下さい。なくなりましたら 終了です。



  
  称讃寺掲示板に以下の投稿がありました。

  投稿日時:2005/03/11(Fri) 11:38

  おなまえ:ゆかり

  コメント:
   こんにちは
  私は、いつも大きな声で子供をしかっていました。大きな声で話もしていました。ある雑誌を読んで、家の中では、小さな
  声で話すようにしてみました。するといつもでしたら、どなるところが、穏やかに子供と接することが出きる事におどろきま
  した。また、子供もよく分かるようです。小さな声でも子供は聞き取ることを始めてしりました。大きな声を出しなさいとよく
  いいますが、小さな声の素晴らしさをしりました。そういえば優秀なセ-ルスマンは、声が小さいと言うこと聞いた事があり
  ます。あなどるなかれ小さい声でしょうか。  

  平成17年3月11日(金) 住職です。
  お久しぶりです ゆかりさん。あなたは 素晴らしいお母さんですね。私も気がつかなかった事です。
  親が子供をしかるとき すでに親のほうが立場が高いですよね。その親が 大声で怒鳴ったりすると、
  子供は その迫力と恐怖しか感じないでしょうね。会話の際に その内容を伝えたいと思うときは
  直感的に恐怖などを感じさせるような大声や 大きな身振りはかえってマイナスかもしれません。
  親の方がゆっくり穏やかに話ができると、相手の子供はじっくり話しの内容に耳を傾け ちゃんと
  理解 納得できるだろうと思います。同じしかるのなら 恐怖で押えつけるのではなく ちゃんと
  納得させる方が 誰もが良いと思っているでしょう。ゆかりさん、あなたは素晴らしいことに気がつき
  ました。子供さんも成長していますが お母さんも どんどん成長しています。とっても嬉しいです。


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  平成17年3月9日(水)  「養老孟司」先生 当称讃寺での講演決定のお知らせ
  
  昨年の12月の報恩講法要には 「山折哲雄」先生においで頂きご講演頂きました。
  大変 好評でした。「山折哲雄」先生は 秋に おいで頂けるお約束をいただいております。
  とっても 楽しみです。
  さて 春の永代経法要のご講師をどなたにお願いしようかと迷ったのですが、思い切って
  「養老孟司」先生に直接お願いしてみました。おそらく ダメだろうと思いながらお返事を
  待っておりました。本日、ご講演をお引き受けいただける旨のご連絡を頂きました。
  大変 お忙しい先生で 日程の調整には大変苦労しました。
  春季永代経と言うには少し遅いのですが 5月20日(金)に決定いたしました。
  演題は「仏教のすすめ・信仰のすすめ」ということでお願いしました。
  ベストセラーの「バカの壁」「死の壁」「人間科学」「唯脳論」「ヒトの見方」「脳の見方」など等
  先生の著書を この機会にお読みになってみてはいかがでしょうか。
  大変 楽しみです。
  尚 当日大変混雑が予想されます。
  ボランティアでお手伝い頂ける方を募集します。電話 FAX メールでご連絡ください。



  平成17年3月3日(木)  「大家族のすすめ」

  最近特に気になることがありますので 少し述べたいと思います。
  戦後60年 猛烈な勢いで科学技術が発達し 私たちの毎日の生活は極めて便利に快適になりました。
  家庭の中を考えてみましても 白物家電がずいぶん発達し、 例えば 食事の準備は 炊飯や調理は
  短時間で多様になり また 様々な食材 加工食品 完成品が手軽に誰でも買えるようになりました。
  洗濯も全自動洗濯機 乾燥機が普及し大変楽になりました。お風呂も最近では スイッチポンで 適温の
  お湯が適量だけ浴槽に入るようです。
  私たちが 不自由だ 面倒くさい やりたくない などと感じている事柄は 機械技術やサービス・流通業の
  目覚しい発達で著しく 便利になりました。今後 ますます便利になるのでしょうが 私などは 例えば
  テレビ ビデオやエアコンのリモコンなども設定とか予約などの利用法はわからずもっぱらON・OFFのみの
  利用で 私にとって使いこなせない機能を有する道具・器具がますます増えて おろおろしそうです。
  高度経済成長時代・所得倍増計画の前は 一般家庭は二世帯・三世帯家族が普通で 毎日の生活の為に
  その構成員一人一人がそれぞれ役目があり 責任があり 助け合っていました。地域社会も同じで隣近所
  同士が助け合って生活していました。
  小さな子供が成長する過程を考えてみても 縦の年齢の中で揉まれ集団の中での自分の位置や責任を
  知らず知らずのうちに自覚させていたのかもしれません。地域社会との関わり合いも同様でしょう。
  すなわち 生活が不便な時代は 大人数の家族が 子供を教育していたのです。地域社会の大勢の人々が
  その中にいる子供を教育していたのです。人の生・老・病・死をあたりまえに学び 集団の中での横・縦の
  人間関係や自分の位置・責任・義務・役割など 人々との関わり合いをを学んだのです。まさに 今の総合学習
  みたいです。
  さて 現代に目を向けてみると、不便さを解消すべく 最新の機械・技術がどんどん生活が便利になっています。
  栄養失調の人が沢山いた時代から 今は 栄養の採り過ぎの生活習慣病の人が沢山いる時代になりました。
  日常生活の中で 体を動かすことが無くなり運動不足になり ジムに通ったり 特別にスポーツをしたりして
  います。
  大人たちは 世代間の価値観の相違や 遠慮 気遣いの煩わしさから 夫婦と子供の家庭が普通になり
  親たちの年寄りとは同居しないのが普通になりました。ご近所の家庭とのお付き合いもほとんどなくなり
  地域社会での関わり合いも殆ど無くなりました。
  今の一般的な家庭は 夫婦と子供が一人か二人です。お父さんは帰りが遅く お兄ちゃんは部活と塾で
  帰りが遅いので お母さんと 本人の二人での夕食で 好みが違うのでお母さんとは別々のテレビを観て
  時間があれば テレビゲームをする というのが普通でしょうか。小学生のうちから塾へ行き、スポーツ少年団や
  スイミングスクールに通ったりしています。
  親は学業成績にはとても敏感になっています。一生懸命です。しかし 自分で指導するのではなく 塾に通わせま
  す。塾に任せるというか お願いして 親の責任を果たしたような気になっているのです。
  さて ここからが本題です。一昔前までは 大人数の兄弟達や二世帯・三世帯の大家族の人たちが知らず知ら
  ずのうちに しかし 結果的に子供たちの精神・心の教育を行っておりました。部落 同業などの地域社会の人た
  ちも同様です。すなわち 社会の最低の単位である 地域社会や家庭が 子供たちの精神・心の教育を行って
  きたのですが 現代は 如何でしょう。家庭に係わる人がいなく 地域社会の交流が薄れてしまった今、
  誰が どのようにして 子供たちの精神・心の教育をし発達のお手伝いをするのでしょうか。
  ここ数年の現象です。すぐ「切れる」子供が増えました。学校に行かない(行けない)子供が増えました。
  ひきこもりの人が増えました。就職してもすぐ辞めてしまう若い人が増えました。定職につかないフリーターが
  増えました。などなど・・・・。
  学力については関心が高い父兄の方々は、この 子供たちの精神・心の発達について関心をお持ちでしょうか。
  もし このような危機的な状況を認識している人がいらっしゃったら どのような対策を立てていらっしゃい
  ますでしょうか。
  このような状態は今後ますます深刻になってくると予想されます。

  
学校にカウンセラーを配備し 保健室を充実し、いろいろな機関で相談員を配置し対応しております。
  しかし 本来は 各家庭が子供たちの精神・こころの発達について 関心を持ち 注意深く見守り そして
  健全に発達するように努力し 最大限の責任を負うべきだと 私は思います。
  現在 温暖化などの異常気象、地震などで地球がどうなったのか、と思うことがありますが 私は 次の世代
  その次の世代の日本が心配です。
  それでは どうすればよいのでしょうか。簡単に対策など見つかるはずはありません。戦後何十年もかかって
  こうなったのですから・・・・。
  まず 私たち社会人の意識を変えることです。人との関わりを 面倒だと思わず 当然の必須条件と捉える
  ことだと思います。人は集団の中で教えられ成長・発達していく生き物なのです。なにも 子供に限ったことは
  ありません。子供も大人も皆同じです。
  家事などで 不便と感じることは 今後ますます便利になれば良いのですが、 いろいろな人と関わることが
  面倒だと 思うのは 極めて 人間らしくなく 本人にとっても 家族にとっても 子供にとっても 大変危険な
  ことであると 認識すべきだと思います。
  子供にとっては 一人っ子よりも 兄弟が多いほうが良いと 皆思っています。その子供を取り巻く家庭は
  大家族のほうが良いのです。
  私は 現代版 二世帯・三世帯の家庭が この問題に対する唯一の対策で 引いては地域社会全体が
  お互いの家庭を尊重しつつ より仲良くなり 住み易くするような活動を 老若男女を巻き込んですることが
  必要だと思います。すなわち 家族や地域社会の構成 状態を 戦後の状態に戻す訳です。
  もちろん プライバシーなどには 十分気を使い 現代的にアレンジすることは不可欠です。
  以上の理由で 私は 現代版の 二世帯・三世帯同居の家庭がどんどん増えるよう推進してゆきたいと
  思います。
  経済的には 明らかに別々よりも節約できて 省エネです。お年寄りは ボケ防止になります。
  世帯主は 親の状態を毎日把握できます。おじいちゃん おばあちゃんは かわいいお孫さんと毎日係われ
  ます。家庭が留守になることが少なくなります。
  良いことずくめです。さあ あなたの家庭から早速始めましょう。
  ご意見があれば どんどんお寄せください。






  平成17年2月16日(水)
  
平成16年12月18日に当称讃寺の報恩講法要を執り行ないました。
  法話の替わりに 山折哲雄氏(国際日本文化センター所長)の講演会を実施しました。
  その時の写真を このHPのアルバムの項に載せていますのでどうぞご覧ください。
  山折先生のお話しは 大変素晴らしいものでした。
  親鸞聖人が法難に遭い 京都を出発して長い旅に出ますが、それぞれの土地について
  その地の風情 民衆の感情 親鸞聖人のお気持ちなどを まるで映画を観ているような、
  目を閉じれば スクリーンいっぱいの 阿弥陀ケ原に自分自身がたたずんでいるような、
  穏やかな 優しい 語り口のお話しでした。
  大きな山に何か神聖なものを感じ 山頂近くの高原を 阿弥陀ケ原と呼び 極楽浄土を
  イメージしている事など 私たち日本人の共通なDNAが呼び起こされるようなお話しでした。

  翌日の朝日新聞に 山折先生の記事が載り 当日の録音テープを差し上げます、と書いてあったため
  申し込みが殺到し それぞれの皆さんにカセットテープを郵送するのに てんやわんやの状態でした。
  当日 会議録音用のICレコーダーで録音し 家庭用のカセットデッキでダビングして発送したのですが、
  すべて私一人でしたので 大変でした。
  雑音だらけのテープですが ご希望の方に差し上げようと思っていますので メールかFAXで送付先を
  お知らせください。お時間はいただきますが 必ずお送りいたします。
  どうぞ ご遠慮なくお申し込みください。

  2月8日に山折先生を訪問するために京都に行ってきました。
  まず 国際日本文化センターに驚きました。 大学院大学で 日本人 外国人ともに日本の文化を
  研究し 広く発表する機関だそうです。私は まったく知りませんでした。
  興味がある方は 国際日本文化センターのHPを観て下さい。検索するとすぐわかります。
  初代所長の梅原猛氏 二代目所長での現文化庁長官の河合隼雄氏 現所長の山折哲雄氏や
  その他の方々の講演の資料なども掲載されていますので よろしかったら覗いてみてください。

  1時間半程 いろいろお話を聞くことができました。
  坊主である私としては 門信徒の皆さん方を含めてたくさんの方々に 「信仰の必要性・素晴らしさ」を
  ご理解いただけるよう 「仏教のすすめ・信仰のすすめ」運動をもっともっと積極的に取り組まなくては
  ならないと 決意を新たにしました。
  今年の秋ごろに また 当称讃寺においで頂き 講演していただけるお約束もしてまいりました。
  門信徒の方々には ご案内を差し上げますが それ以外の方で 日程を知りたい方は メール FAXで
  ご連絡ください。このHPでも ご案内いたします。