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浄土真宗 本願寺派
瑞 光 山   淨 土 院


  称     讃     寺
     しょう  さん    じ



  浄土真宗
  親鸞聖人開祖の真宗、いわゆる一向宗「南無阿弥陀仏」の念仏

  
本願寺派
   真宗は現在10本山に分かれていますが、本願寺派というのは京都の西本願寺を本山とする宗派をいいます




  ☆称讃寺の外観です。平成14年に新築・落慶致しました。専用駐車場も50台分あります。

                                                 






  ☆会館の法要室です。約50畳あります。どなた様でも葬儀や法事などに格安でご利用頂けます。

   称讃寺会館での ご葬儀は 市民葬もご利用でき 格安です。
   葬儀業者の紹介も致します。

   会館での法要時には、仕出し業者に称讃寺に持ってきて頂き 隣の厨房で仕出しの準備をして
   法要終了後に会館に配膳をしての会食が 大変好評です。
   仕出し業者の紹介も致します。

              

    毎週金曜日の午後には お茶・お花の教室が開催されています。月謝二千円と実費です。格安です。




  ☆称讃寺の本堂の内部の写真です。内陣の内装工事・修復工事・仏具関係は 「岩佐仏喜堂」の御尽力です。

              



   称讃寺紹介

   〒761-1701
   香川県高松市香川町大野1325-2

   電話 087-885-2012
   FAX 087-885-8881
   メールアドレス s-tamada@shirt.ocn.ne.jp

   住職 瑞田 信弘
           タマダ  ノブヒロ


                                          

     



称 讃 寺 の 歴 史

八幡太郎義家の子孫の妙大坊開基の寺
  清和源氏八幡太郎家の七男陸奥六郎義隆の後裔、
森次郎左衛門が細川頼之に従って、
延文二年夏四月(1357)摂州(大阪)堺より森一族をひきつれて、
阿州(徳島)勝瑞城を経て讃州井原荘(香川郡)に入った。
そして川東邑(香川町川東下)に乾城を築き、森家の本拠とした。
その内の一人が僧となり妙大坊とと号して天文八年(1539)頃に、乾城の北一町の東龍満の地に寺を開創し、瑞光山浄土院称讃寺と称した。
だから、清和源氏の末裔を物語る十六弁の菊花と五七の桐の浮彫紋が本堂内の各虞に輝いている。
 これ讃州清和源氏八幡太郎義家七男義隆の子孫開基の寺である。
それ以来、大正、延寶、明治と三回にわたる火災により栄枯盛衰をかさねながら、
明治二十九年(1896)に、香川町大野の現在地に移る。